21冊目
「あのころの未来」最相葉月著
星新一が一度でもキリスト教を信じたことがあったかという質問を著者が奥さんにしたところ、やんわりと否定してこういわれた。「宗教は信じるものだけど、科学は信じるものではない。理解するものだ。そんなことをいってましたね」(P308引用)とのこと。
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「あのころの未来」最相葉月著
星新一が一度でもキリスト教を信じたことがあったかという質問を著者が奥さんにしたところ、やんわりと否定してこういわれた。「宗教は信じるものだけど、科学は信じるものではない。理解するものだ。そんなことをいってましたね」(P308引用)とのこと。
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「落語と私」(桂米朝)
—考え落ちの例 外国の小咄
大陸横断の長距離列車、あつい夏の日盛りです。着飾った貴婦人がしきりに氷水をほしがるので、その夫である紳士が車掌に頼むが「ありません」という返事。そこで、金はかかってもよいから....と押して頼むと、しばらくしてカップに大きな氷のかたまりをもってきて一ドルですと言う。貴婦人はすぐそれをたいらげてもっとほしいと言う。紳士はまた車掌に頼むと、しぶしぶまえより小さい氷をもってきて、今度は二ドル請求する。貴婦人はもっともらってくれというので、さらに頼むと、車掌はしぶりながらもまた前より小さい氷を持参して三ドルの金を受け取りながら、「もういくらおっしゃってもだめですよ。これ以上氷をとったら死骸が腐りますからね」(P78引用)
「食べない健康法」石原結實著
紅茶に黒砂糖とおろし生姜を入れたものを飲むといいと書いてあったので、水筒に入れて会社で飲んでみたがいまいちまずいので2日でやめた。
「そのオモチャ、本当に買ってあげていいの?」ガリー・バフォン著
親は子に、自分が「子供の頃、欲しくてたまらなかったもの」を与えたいと思うもの。子供達の喜ぶ顔は、自分の喜び—それはほとんど自分がもう一度子供時代を与えられたようなものです。そこで、ふと、こんな考えが顔を出します。たったこれだけであんなに喜ぶ顔が見られるのなら、もっと与えてやりたい—。
ところが、どうしたわけか、与えれば与えるほど、喜びは減ってしまうようです。みなさんも身に覚えがないでしょうか?「おかわり」の味はけっして最初の一杯におよばないものなのです。
親からの贈り物を、子どもがうれしそうに感謝して受け取るのではなく、たかがこんなものという態度で要求を募らせるようになったら、与える喜びは一転、一時しのぎのご機嫌とりに変わってしまいます。けれども、まちがった薬をいくら与えても、病気がよくなることはけっしてないのです。(P46引用)
「青春の門」(残り8冊)五木寛之著。
これと「龍馬がゆく」の2作品が息子が10代のうちに読んでほしいなあと思う大河小説。
「人間の関係」五木寛之著
—格差社会について
結論から言ってしまいますと、歴史遺産、文化遺産と呼ばれるものは、すべて格差によってつくりだされた罪深いものでしかありません。(P66引用)
貧しい人や困っている人たちに施しをするのも布施ですが、行として考えると、それは自分のためにする行為であって、相手から感謝をうけることを期待するのはまちがいということに気づきます。
布施という機会をあたえられ、それによって自分が幸せになるのですから、むしろ、こっちの方が合掌し、「ありがとう」と言わなくてはならない。
インドでもタイでも、托鉢をうけた坊さんたちは頭を下げないし、お礼も言わない。あげたほうが合掌して頭を下げ、もらったほうの坊さんはすっと去っていきます。(P165引用)
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「青春の門 筑豊篇下」五木寛之(2/05読了)
印象に残った文。
梓先生のセリフ。「朝日って、なにかとっても若い感じがするでしょう。希望とか、前途とか、出発とか、そんなイメージがあるわ。だけど、夕陽はそうじゃないでしょう。なんだか長い長い人生を生きて、いろんなことを体験し、いろんなことを知った人間が、希望も絶望もない永遠に静かな眠りの中へ消えて行くような、そんな感じがするの」(P21引用)
竜五郎のセリフ。
「落ち着いた、平和な心で、自分のまわりをみつめる。毎日、朝起きたら、今日ももう一日生きることができるんじゃなあ、と感謝の気持でおてんとう様をおがむ。そして三度々々の飯を噛みしめて食い、人を恨んだり、金を欲しがったりせんで、夜になったら昔のことや、子供の頃のことを思い出しながらぐっすりやすむ。いいか、信介。人間の幸福とはそれだけばい。そのほかに何がある。うん、もうひとつあったな。それはお互いに優しか気持ちで一緒に暮らせるつれあいじゃ。人間はひとりよりも二人のほうがいい。お互いに身をよせあって、ぽつん、ぽつんと喋ったりしながら、ひっそりと生きて行く。まあ、そのために人間はあくせくと働くとじゃなかろうか。わしは今、えらく幸せな感じがするんだよ」(P227引用)
「生きるヒント1」五木寛之(1/31読了)
印象に残った文・箇所。
「偶数と奇数を比べてみると、偶数は、割り切れて合理的で儒教に近い。奇数は二で割ると必ず一つ残る。その一つ余った存在に気づき、受け入れるのが道教だというのです。本来、人生や人間の存在など、公式で割り切れないものばかりです。割って割り切れない存在を許容することが大切なのではないか。奇数に興味をもつことは、惑いの時代を楽しく生きていく上でのヒントになると思います。」
「本来、日本人は、奇数を好むようです。七五三から始まって、俳句の五七五、短歌の五七五七七、または三三七拍子に三本じめ、三三九度の杯など—。」(P50引用)
「暗い」という表現の話。
「アサガオの蕾は朝の光によって開くのではないらしいのです。逆に、それに先立つ夜の時間の冷たさと、闇の深さが不可欠である、という報告でした。」(P67引用)
世阿弥の『花伝書』の「時分の花」の話。
イランでの買い物のやり取りの話。
仏教の「拈華微笑」についての話。
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今年読んだ本。
1冊目。
「私の履歴書」桂米朝(1/10読了)
1月羽田空港の本屋で購入。
印象に残った箇所。
中国の小咄。バイオリンの稽古をしている娘がいて、ちゃんと稽古したらお母さんが100円くれるという。毎日しぶしぶやっていると、ある日、どうしてもやらないので、何でやらんのやと聞いたら、バイオリン弾かなんだら隣のおばさんが500円くれるという(笑)。
2冊目。
「青春の門 筑豊篇上」五木寛之(1/22読了)
20歳の頃一度全編を読んだ。20数年ぶりになんとなく読み返したくなった。
印象に残った文。
「その丘からは、小さなマッチ箱を並べたような長屋が目の下に見え、黒の着物を着た男たちが、のろのろと動き回っているのだった。」

今日、浜町町の本屋で買って来た本。
8冊。
久しぶりの大きい本屋さん。
ちょっとでも興味のあった本はだいたい買うことに決めた。
何万冊とある本の中から、縁あって選ばれて手に取られたのだから。
今月中に全部読みたいものだが。
最近はあまり本を読んでいなかったので、今年はなんでもいいから最低100冊は読もうと思う。
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